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2020年2月「オリンピックの光と闇」

中村 修一氏

略歴

1967年生まれ。東洋大学法学部卒業、行政書士。1993年に労働組合法人「東京土建一般労働組合」に入局。足立区労働報酬審議委員(2014年~2016年)、2017年4月専従常任執行委員、全建総連東京都連合会賃金対策部長として現在に至る。 論文の数も多く、現在、全国商工新聞「建設短信」を月2回連載中。

2月フォーラム開催。今回は東京土建一般労働組合専従常任執行委員の中村修一氏をお招きし、アラムナイ会員との対談形式でご講演いただきました。オリンピックを機に注目を浴びるようになった建築業界の抱える構造的問題と、問題解決への道筋についてお話しいただきました。

内容紹介

2017年、新国立競技場の現場監督が過労自死したニュースが世を巡り、輝かしいオリンピックの裏で起こっている労働問題が明るみになりました。今回のご講演ではこの事件の元凶となっている、建築業界の構造的問題について詳しく解説していただきました。建築は莫大な費用がかかり、受注生産業のため安定した雇用が難しい業界です。そのため費用・雇用を分散させるべく分社化・請負が進みました。この元請けと下請けが完全な上意下達組織で、下請けは上に要望を通しづらい状況の中、YKKKY(安い、きつい、危険、汚い、休みがない)と言われる過酷な労働環境で厳しい工期に追われている現状があるそうです。また業界の高齢化・若者離れが進み、外国人労働者の受け入れが必至であるにも関わらず、技能実習生への暴行や、日本語教育が行き届いていない問題もあるとうかがいました。

討論ではこれらの闇の部分を念頭に置き、「オリンピックは国を挙げてやるべきか? Noであればなくすべきか、あるいはどこがやるべきか?」というテーマで意見が交わされました。多くの班は自国の文化を発信できる、経済活性化に繋がる、平和交流を促進する等のメリットから国を挙げての開催を賛成する立場でした。唯一反対した班は、1つの開催都市に負担が集中することで、厳しい工期・過酷な労働環境が生まれるのではないかという意見でした。その班はアジアなどの地域開催・世界大会の同時開催という形を提唱していましたが、中村様にご講評いただいた中で、地域分散ができないのは政治的な原因(経済界の意向)があるというお話がとても印象深かかったです。東京五輪もこれを機として臨海部を再開発するという目論見があり、豊洲移転・横浜の整備など「便乗建設」が行われています。開催都市を分散することで地域活性化・人手不足解消が期待されるというメリットもあるかと思いますが、こうした開催都市を一極化することによる利点が背景にあると分散の意思決定をするのが難しいのだと学びました。

今回の討論会ではオリンピックを扱いましたが、対談をお聞きする中でこれは五輪の現場に限らず業界全体の問題であると気づかされました。オリンピックという全国・全世界的に注目される機会があってこそ、この問題が周知されるようになったにすぎません。無理な工期が設定されないよう発注者責務を追及していくことや、公共工事労務単価と実際の賃金との乖離を是正すること、技能評価制度(職種別賃金指標)を作成して公正な対価の支払いを保証する、など行政・法規制で問題を是正できる施策についても中村様のお話からうかがいました。私たちが建築業界の負の部分の解決に少しでも参画できるよう、こうした法案令や条例の動向について今後有権者として注視していきたいです。

( アラムナイ 乗富 真穂)

マイケル・キャバノー氏

略歴

日本のアメリカ大使館経済担当公使。来日される前は台湾、タイ、ベトナム、ワシントン D.C.,エジプトに赴任されていた。

1月フォーラム開催。今回は、アメリカ大使館経済担当公使のマイケル・キャバノー氏にアメリカ、日本が現在急速に成長している中国とどのように関わっていくか、政治、経済、社会面などについて解説していただきました。3 カ国の関係から、外交官という仕事、講師が以前赴任されていた台湾、エジプト、ベトナムについてなど多くのことを説明してくださいました。また,「就職(赴任)するならアメリカか?中国か?」というテーマについて討論も行いました。

内容紹介

まず始めにキャバノー氏は中国に焦点を当ててお話くださいました。30 年ほどで急速に成長してきた中国は資源など様々な面、特に人口に恵まれたことで成功しました。しかし、中国より先に発展した日本とアメリカの課題として少子高齢化による GDP の低下、インフラストラクチャーが老朽化しきていること、ホームレスの人々が多く存在することがあります。この課題を回避するためにも、中国は新たな先進国としてのモデルを持つ必要があります。

次に、成長する中国に対して日本がどのように関わっていくかについてもご教授くださいました。発展途上国から GDP を伸ばし、力をつけてきた中国に対して、日本は中国の考え方を理解し、中国含め他国と協力体制を気づいていくべきです。また、経済面で中国に匹敵するために、日本は人口を増やし、若い人たちを増やしていかなければいけません。何故ならば歳を重ねるにつれて保守的になりやすく、新しく学ぶことや生み出すことが難しくなり、若い人が多くの学びの中から新しいことを生むことができるからです。そのために日本は少子高齢化問題を改善しなければいけません。また、将来の経済の展望についてのお話も頂戴しました。AI やバイオテクノロジーなど新たな技術が発展してきている現在、国々が協力してこれらのルールを新しく作り、基準を設けていかなければいけません。また日本はアメリカとの強い関係を当たり前のものと捉えるのではなく、関係を大切にしつつ、上手に生かしていく必要があります。

以上のことを踏まえ、「経済規模の大きい中国とアメリカのどちらで働きたいか」について討論しました。多くの人が経済的な安定性や、家族と移住した場合の教育環境、言語の通じやすさからアメリカを選びました。しかし職種によってはファーウェイなどの情報技術や衣料品関係の会社は中国の方が技術を持っている、また人口の多さゆえに得られるデータが多いという点から中国に魅力を感じる人もいました。

キャバノー氏はご自身の仕事の観点から日本、中国、アメリカの関係性について説明してくださり、今後の進路や日本の課題について考える貴重な機会となりました。最後になりますが、お忙しい中私たちのために時間を割いてくださり、ありがとうございました。

(東京大学教養学部文科三類 1 年 藤本 怜 )

古野 庸一氏

略歴

1987年東京大学工学部卒業後、株式会社リクルートに入社。南カリフォルニア大学でMBA取得。キャリア開発に関する事業開発、NPOキャリアカウンセリング協会設立に参画する一方で、ワークス研究所にてリーダーシップ開発、キャリア開発研究に従事. 2009年より現職。著書には『「働く」ことについての本当に大切なこと』、『「いい会社」とは何か』(講談社現代新書)、『日本型リーダーの研究』(日経ビジネス人文庫)などがある。

11月フォーラム開催。今回は前回に引き続き、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所所長の古野庸一様をお招きし、天職の見つけ方や、居心地良く仕事をするための環境の整え方、そして理想の仕事とは何かについてご講演いただきました。討論は、理想の相手を見つけるための最良の方法、違う職種で働く意味、キャリア選択と教育など多岐に渡ったものとなり、活発な議論がなされました。

内容紹介

初めに前回のご講演のまとめをしてくださり、その後仕事の3つの捉え方、「ジョブ」、「キャリア」、「コーリング」を提示してくだいました。「ジョブ」とは、時間を切り売りしてお金を稼ぐという、言わば最もネガティブな職への捉え方であり、「キャリア」は出世や名声を得るための手段としての仕事の捉え方、そして「コーリング」とは天職を指します。古野氏によると、5割くらいの人がコーリングを見つけているとされ、その割合は年齢が上がるにしたがって増えるとのことでした。そこで古野氏は、理想の結婚相手を探すための方法という切り口から、理想の相手に出会うためには何人と出会う必要があるかを問われ、その議論をもとに、20代のうちは気になる仕事を3つはやってみる期間にすべきだとお話しされました。

そして、仕事においては、自らが一定の役割を果たし、その場に受容されているという居心地感が大切で、また能動的に仕事を行う環境を整えていくべきだとされました。具体的には、タスクそのものを変える、関係性を変える、意味づけを変えることを挙げられ、やらされ仕事を能動的なものに変える重要性を説かれました。そのうえで、仕事はこなすものではなく、それを通じて自らの能力を高めることが重要だとし、社会人になってからの学びには直接的な経験が大きな割合を占めるとご指摘されました。そういった直接的な経験を受けて、リフレクションを行うことは、過去を振り返り、次の動きに関する示唆を得る役割があるものの、その一方で、ネガティブなものにとらわれすぎないことが大切だとおっしゃいました。最後に、理想の仕事とは、楽しさと意義が感じられる仕事だとしたうえで、自らも他の人から一緒に働きたいと思われるような人、相手の立場に立てるような人になることが重要だと述べられました。

討論としては、まず理想の結婚相手を探すための方法について議論が行われ、良い人がいれば経験数は関係ないという意見も出ましたが、相手が良い人かどうかは他と比較しないと検討できないという意見が主流でした。また、前半の古野氏の講義を受けたディスカッションでは、若いうちに異なる職種を経験すべきか、同じ職種で異なる会社や場を経験すべきかという話が出て、スペシャリティがなければ海外との競争に打ち勝てないという意見が出ましたが、米国でも違う職種に就くことが増えていることや、自分のスペシャリティを見つけるために異なる経験を積むべきという意見もありました。そして、議論はキャリア選択と教育という話にまで及び、ヨーロッパのように早い段階から自分の進路を選ばせる方式をとる国もある一方で、米国のように大学においてリベラルアーツ教育を行い、幅広い学びを提供する国もあり、日本はその中庸にあるという点で今後の在り方について活発な意見交換がなされました。

(東京大学大学院工学系研究科修士2年 田口 遼)

古野 庸一氏

略歴

1987年東京大学工学部卒業後、株式会社リクルートに入社。南カリフォルニア大学でMBA取得。キャリア開発に関する事業開発、NPOキャリアカウンセリング協会設立に参画する一方で、ワークス研究所にてリーダーシップ開発、キャリア開発研究に従事. 2009年より現職。著書には『「働く」ことについての本当に大切なこと』、『「いい会社」とは何か』(講談社現代新書)、『日本型リーダーの研究』(日経ビジネス人文庫)などがある。

10月フォーラム開催。今回は、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所所長の古野庸一様をお招きし、「「働く」ことについて本当に大切なこと」をテーマにお話ししていただきました。話題は「理想的な働き方」から「幸福論」にまで及び、議論は大変白熱しました。

内容紹介

初めに「メキシコの漁師とビジネスマン」の寓話をもとに、理想的な働き方に関してディスカッションを行いました。漁師とビジネスマンのどちらのスタンスに賛成するか尋ねられたところ、参加者全体でおよそ一対一に分かれました。

漁師派からは、本人の現在の幸せを重視するべきだという意見や、ビジネスを始めると家族や友人との時間が減ってしまうという意見が出ました。一方でビジネスマン派からは、新たな事業を興し収入を増やすことで経済的リスクに備えることができるという意見や、ビジネスの拡大を目指す過程で様々な経験をし、多様な価値観に触れることで選択肢が広がるとの声が上がりました。さらに、働き方が多様化する現在においてどのように働けばよいのかという問いに対し、「幸せになること、その前に生き残ること」というお答えを頂きました。「幸せ」とは、過去を振り返っての満足、現在への充実、未来への希望のようにポジティブな感情で、満たされていることを指します。それに対し「生き残り」とは、外部環境に適応することです。他人との競争に勝ち生き残るためには、現在の快楽を我慢して将来のリスクに備える必要があります。往々にして相反するこの二つのスタンスをうまく統合させることが「働く」ことについて大切だと述べられました。

後半では「働くこと」と「幸福」の関係性を様々なデータや哲学者の発言をもとにみていきました。その中で、幸せに働くためには他者からの承認が重要であるというお話がでたことを受けて、テレワークに伴い職場での直接的な交流が減少することが幸福度に与える影響について意見を交換する場面もありました。その他にもテクノロジーの発展によるオートメーション化や長寿化に伴う定年後の生活の長期化にどのように対処していけばいいかなど、現代社会において「働く」ということに関する重要なトピックに関する様々なお話を伺うことができました。

(慶應義塾大学法学部3年 昼田 里紗)

西田 亮介氏

現在、社会学者、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授として公共政策と情報社会論を専門とする。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。2014年に慶應義塾大学にて、博士(政策・メディア)取得。同大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、立命館大大学院特別招聘准教授等を経て、2015年9月より東京工業大学大学マネジメントセンター准教授。2016年4月より東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授(現職)。ネット選挙、政治の情報発信、行政の広報広聴、電子政府のような政治における情報とメディア、民主主義の普及啓発、投票年齢の引き下げなどを研究している。

9月フォーラム開催。今回は主に公共政策や情報社会論を専門とする社会学者の西田亮介氏と、行政PRに携わるアラムナイ会員、政安望さんををお招きし、メディアを用いた選挙活動や政治広報のあり方について対談形式で解説していただきました。日本の政治広報に関する法制度やイメージ戦略的な政治PRについてのご意見をお聞きした上で、討論は「政治の広告費用の制限はすべきか否か」というテーマで行いました。

講演内容

まず、西田氏とアラムナイ会員政安望さんによる対談形式でお話を伺いました。 最近のメディアの傾向として、20代のテレビ利用者は減少している一方で、主流はテレビとネット利用、特にネット利用者が増加していることはどの世代にも共通しており、ネット上でテレビの報道に関する情報が掲載されたり、SNSで話題になっているものがニュースや新聞で取り上げられたりと、メディア媒体間で互いに影響し合いながら情報がどんどん拡散されていくという特徴があるそうです。

また、政治とメディア、広告の関係性については、ブレグジットやアメリカ大統領選挙でも見られたように、個人のネット上の行動履歴に基づいて広告を発信するネット広告を応用させ、SNSやネット上で有権者に政治広告を配信する情報戦略が浸透しつつあるとのことでした。英米圏では政治選挙活動における言論に対する規制は最小であるべきとする認識が強い一方で、大陸法の影響を受ける日本では、お金がなくても政治参加ができるなど、環境の公正さに重きを置くという特徴だそうです。どちらの価値観が正しいのかという議論は難しいですが、現状として日本でビラの枚数に制限があるのにネット上の広告投稿回数に制限がないということ、テレビやラジオでの選挙活動は放送法上禁止されているがネット上の動画配信は認められているなど、制限の実態と目的に不整合があるということを西田氏は問題視されていました。また、有権者のイメージや印象に訴えかけるマーケティング的手法の選挙活動、政治活動については、政治に常に関心を持つ人が少ない中でそのような方法は選挙当選にはとても効果的であるとする一方で、政策など実質的な部分での理解が深まらないという点では良いとは言えないと述べられました。

ディスカッションについて

後半では、「政治の広告費用の制限はすべきか否か」というテーマでディスカッションをしました。私の班では、政党ごとに制限の程度、基準を公正に定めるのは難しいということ、広告活動を政治家の表現の場とした時に政治家の表現の自由を狭めてしまうということから、広告費の制限はすべきではないという意見が出ました。フロアディスカッションでは、資金的にも人数的にも圧倒的な大政党に対して広告費に制限がなければ小政党が成長できる機会が減ってしまうという理由から制限をすべきだという意見が多く挙げられ、積極的な議論が行われました。

ディスカッションの総評として西田氏は、今現在実際に政治広告費用に一定の規制があるという前提の上で、制限を更に加えたときに政党はボランティアへの広告活動委託などといった適応行動をとる可能性が考えられ、制限に実効性は伴うのかということを考える必要があるということ、制限を加える時の条件によってもその実効性は左右されるということを述べられました。

(慶應義塾大学法学部政治学科2年 栢菅 美咲)

棗一郎氏:

 弁護士。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長であり、また日本弁護士連合会労働法制委員会事務局次長。中央大学法学部卒業。 第二東京弁護士会所属。主な取扱分野は労働事件で残業・長時間労働問題、偽装請負・違法派遣問題など、その他多岐にわたる労働問題などを扱われている。

まずは、棗氏とアラムナイ会員による対談で、日本の労働問題について学びました。

前半は、外国人労働者を取り巻く労働環境の実態についてお話を伺いました。現在日本では、労働力が大幅に不足している分野において多くの外国人労働者を雇っていますが、低賃金、残業、家族の帯同禁止等、その労働条件は劣悪なものであることが多いといいます。棗氏は政府が対策として掲げる日本語教育の充実や相談所の全国的な設置等は評価しつつ、政策に関与可能な人材と予算の圧倒的な不足が深刻な問題となっており、日本在住外国人を生かした相談員の設置等、更なるサポートシステムの整備の必要性を訴えられました。

後半は主に安倍政権による働き方改革の概要とその課題についてのお話でした。働き方関連法案は残業時間の上限規制、有給取得、同一労働同一賃金、高度プロフェッショナル制度の大きく4つに分かれています。しかし、残業上限規制は過労死ラインと等しくむしろ残業の正当化に繋がりかねない事に加え、中小企業の意識改革の遅れ等を考え併せると、この法案は逃げ道があり改善が問われるとされていました。また、世界各国が「雇用によらない働き方」を推奨する中、日本が批准せずに高度プロフェッショナル制度によってむしろその差を助長させようとしている事に疑問を抱かれていました。

次に「働き方改革は本当に日本の経済振興に繋がるのか」というテーマでディスカッションを行いました。私の班のグループディスカッションでは、働き方改革はきちんと実行されたならば経済振興に繋がるというスタンスの元で、それに付随する格差などの問題とその解決方法について活発な議論が交わしました。

一方フロアディスカッションでは、改革により空いた時間でスキルを身に着けることができる、或いは生産性が向上するなどから働き方改革に賛成する班と、女性と高齢者の参入は効果がないという観点から反対する班に分かれました。また、残業の上限規制が生産性を向上させるという点については意見が分かれ、積極的な議論が行われました。

最後には全体のディスカッションを総評して、棗氏は次のように述べられました。「現在の法律の在り方では、抜け道が多く、本当の経済振興を目指すことは難しいでしょう。しかし、この法案が改善され、より良いものとなったならば、大企業に限らず中小企業を含めた幅広い企業が業務の在り方を検討する良いきっかけとなり、経済振興に繋がると期待できるでしょう。“公正なルールに基づく公正な競争“が行われることを目指してより良い法案の在り方を検討していくことが大切です。」

最後になりますが、ご多忙の中ご自身の経験を生かしてお話くださった棗一郎氏と、インタビュアーとして分かりやすく議論を進行してくださったアラムナイ会員の方に厚く感謝申し上げます。有難うございました。

(東京大学 理科二類 渡邉結奈)

藤崎一郎大使:

外務省に入省後、米国ブラウン大学、スタンフォード大学に留学。アジア局外務参事官、ジュネーブ国際機関日本政府代表部特命全権大使、在アメリカ合衆国特命全権大使などを歴任。現在は、上智大学特別招聘教授・国際戦略顧問、慶應義塾大学特別招聘教授、社団法人日米協会会長、公益財団法人中曽根康弘世界平和研究所(NPI)理事長、一般社団法人日本外交協会理事、北鎌倉女子学園理事長をお務めになっている。

今回はスピーカーのご提案に基づき通常と異なる進行で進められた。

  1. スピーチ:国際情勢の読み方
  2. 学生ディスカッション:現在の米中関係を見て日本はどのように動くべきか
  3. スピーチ:日米中朝4国間外交と今後
  4. Q&A

まず、冒頭のスピーチにて、「国際化の3つの誤解」をお話いただきました。

1つ目に、国境という概念の誤解が日本人にはあると指摘されました。国際化が進み、国境がなくなりつつあると言われますが、実際には国境は確実に存在しており、国益がぶつかるのが国境だと言うことです。

2つ目に、日本人は発信ベタだという誤解があるが、実際は受信ベタだと指摘されました。質問をして相手から回答を得るというプロセスを繰り返すことで、受信上手になります。それを発信することで、発信上手になるので、まずは無理に発信ばかりせずとも良い付き合いはできるとおっしゃいました。

3つ目は、国際化が進めば英語以外の他言語も必要であるという誤解があるとのことでした。英語が国際言語である現状は今後も続くと予想され、中立的立場で話すためには、まず英語を習得する必要があるとのことです。しかし、他の外国語を勉強することは、その言語のネイティブスピーカーとネットワークを構築するためにとても重要なことであるとご自身の経験を踏まえて話されました。

次に、「現在の米中関係を見て日本はどのように動くべきか」のテーマで、学生間でディスカッションを行いました。学生からは、日本の安全保障のためにも米国に追従すべきだという声や、日本経済を衰退させないための方法論として車などの製品を米中以外に輸出できるルートを作るべきという声があがりました。藤崎大使は、学生の討論について、鋭い見方ができていると褒めつつも、少し楽観的な議論に終始しているのではないかと指摘されました。現在の国際関係が今後も続くとは限らないので、外交においては最悪の場合を想定する必要があるとのことです。

最後に、日本・中国・アメリカ・北朝鮮の4国の関係のお話をしてくださいました。米国と中国が貿易戦争を行うことは、日本経済へ負の影響があると同時に、中国の知的財産の侵害に対する対応策という面では日本にとって一概に悪いとは言えないのではないかとおっしゃいました。これらも含め、現在の諸国との関係は、悪い面もあるが良い面もあると続けられ、米国と中国という今後世界をリードしていく2大国とどのように付き合っていくかは日本の経済、安全保障にとって大事な問題であると結ばれました。

お話を通して藤崎大使は、外交で大事だと考えることを2つ強調されました。1つは、スピーチや声明を鵜呑みにせずにその背景、心理を汲み取ること、もう1つは常に最悪の場合を想定して、ことにあたることです。今回のお話を聞いて自分が今まで外交の表層しか見ていなかったことに気づきました。外交問題のみならず、あらゆる社会問題に対して、本質的な理解ができるよう努力しようと思います。

(早稲田大学 創造理工学部 石井理穂)

加納民夫氏:

東京芸術大学を卒業後、NHKに入局。NHK交響楽団に出向して指揮者や曲目の構築を担当。復職後、音楽番組部長、大分放送局長を経て、NHK交響楽団常務理事として演奏企画を策定する。現在は日本芸術文化振興会で文化・芸術団体への公的助成金の仕組みづくりを行っている。

日本における文化・芸術の支援がどのような政策や枠組みで行われているかについて、国際的な比較を踏まえてご講演いただきました。以下がスピーチ要約です。

政府は文化・芸術への支援を社会的必要性に基づく戦略的な投資と位置づけ、アーツカウンシルを設立して経済的な支援をしています。アーツカウンシルはイギリスから輸入された制度であり、専門家によって構成される第三者機関が文化への助成の審査や評価を行うものです。

新しい枠組みで文化振興が行われている一方で、文化振興に使われる予算は国家予算の0.015%であり、諸外国と比較して低いです。また、日本には寄付文化がないため、企業等、国家以外の支援者が少ないことも課題に挙げられます。文化芸術施設を建てるだけでなく、企画を提案、実行することができる人材を育成することが必要であり、そのための投資や、施設間連携、大学との協力を目指しています。

質疑応答では、諸外国の文化支援との違いについての質問が寄せられました。シンガポールやオーストラリアは英米の影響を受けて支援に熱心な点や、アメリカでは寄付をした企業のために公演の際に席を用意したり、企業の意向に合わせた曲目決定をしたりするなど寄付を集める工夫がされている点などが指摘されました。また、日本でも、NHK交響楽団が若い世代の客層を取り込むために学生料金を設定しているとのお話をうかがいました。

「文化・芸術の支援には税金と寄付のどちらが良いか?」を議題にグループ討議を行いました。税金による支援を求める意見では、芸術が国民の文化的素地を育てる教育効果に言及する意見や、支援の長期にわたる安定性を指摘するものがみられました。一方で、寄付による支援では、文化・芸術は一人一人の嗜好によるものであり、国民の義務としてその資金を徴収するべきではないとする考えや、インバウンドをはじめとする投資としての側面に注目するものがみられました。

今後寄付による支援が広まった場合、企業が集中する東京など大都市に支援が集中し、地方の文化・芸術団体が衰退する可能性について議論が深められました。地方の団体が減っても、巡業などにより対応でき、むしろ選択と集中をすることでレベルが上がるという意見があった一方で、地方の人材が若いうちから芸術に触れ、才能を見逃さないようにするために地方への支援が必要だとする意見も出るなど、活発な議論が交わされました。

(東京大学 工学部 赤木拓真)