2018年2月「The museum in the 21st century: Who is it for and Why does it matter?”」
ロイジン・イングレスビー氏:
オックスフォード大学を卒業後、ニューヨークのバード大学院で美術史を専攻、修士号を取得。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館、ロンドン塔で学芸員を歴任。2016年に来日し、現在は目黒区の東京都庭園美術館でご活躍なさっています。
2月フォーラム開催。学芸員としてご活躍されているロイジン・イングレスビー氏をお招きし、「21世紀のミュージアムは誰のためのものであり、なぜ必要なのか?」というテーマのもと、「歴史と文化の帰属先」、「展示品」、「来館者」、「資金源」の4つの論点から現在のミュージアムの役割と今後のあり方についてご講演いただき、「入館料は無料にするべきか」というテーマで討論を行いました。イングレスビー氏は、「museum」を美術館や博物館のように区分せず、また、展示品は「高価な美術品」に限る必要はない、という内容でお話ししてくださったので、本稿もより広い視点から「ミュージアム」という語を用いて執筆させていただきます。
ご講演は、芸術品が富の象徴として個人所有されていた中世から近世にかけての歴史から始まりました。1683年にオックスフォード大学に世界初のミュージアム、アシュモレアン博物館が誕生し、その後数百年のうちに各国にミュージアムが設立され、芸術が大衆にも公開されるようになりました。しかし、芸術品は略奪や輸入により獲得されたものが多く、昨今その帰属先をめぐった文化財返還問題が深刻化しています。一方で、シリア、エジプト、アフガニスタンのようにテロや紛争が多発する地域では、文化財を保護するために安全な国に避難させるべきか、という問題も浮上し、その所有権をめぐる争いが絶えないことについてお話しくださりました。
次に、ミュージアムにはどのようなものが展示されるべきなのか、というテーマについて論ぜられました。高価な絵画や骨董品に限らず、ハローキティやスターバックスのタンブラーなど、比較的歴史が浅い日用品でも、現代の消費社会を象徴するものとして後世に残す価値があります。高価だから展示するべきという固定観念に縛られることなく、多様な展示品を通して、様々な体験が出来る場所として今後のミュージアムは発展していくべきではないかと述べられました。
ミュージアムに足を運ぶのは誰か、というテーマでは、学習やリラックスなど多様な来館目的がある一方で芸術などの実物離れにどう対応するかという問題に焦点をあて論ぜられました。最近は年代層に合わせて解説を複数用意したり、写真撮影を許可したりして、より親しみやすいよう工夫されているそうです。さらに、魅力を高めるためには展示品の質を高めるべきか、または、学芸員のレベルを高めるべきかといったお話もされました。最近では、ミュージアム閉館後に館内でパーティーやイベントなどの催し物が行われるようになり、イギリスのミュージアムの来館者数は年々増加しているそうです。
最後は、誰がお金を払うべきか、どのようなお金で運営するべきか、というテーマでお話しくださりました。ミュージアムの資金源は、入館料、税金、寄付の3つに分けられます。まず問題となるのは、入館料と税金の関係です。ミュージアムを図書館のような公共施設とみるか、映画館のような娯楽施設と捉えるかにより入館料の意義は大きく変わります。イギリスでは、前者の考え方を重視し大英博物館を中心とした多くの国立ミュージアムの常設展を無料で公開しているそうです。次に、寄付金が問題となります。日本では、あまり話題になりませんが、石油会社などからの大口の寄付金は企業に配慮した展示の制限につながり公共性、学術性の観点からも大きな損失をもたらします。そのため、イギリスではこうした寄付を排除した健全なミュージアムの運営が図られているそうです。
ご講演で学んだことを踏まえ、「入館料は無料にするべきか」というテーマで討論を行いました。常設展については、所有権や公共的空間の性質が強いという観点から無料にするべきだという意見があった一方、持続可能な施設運営や娯楽性が強いという観点から入館料は必要だという意見もありました。特別展については、来館者が限られ、さらに輸送費や人件費などを含め多くの支出も伴うため、入館料を取るべきだという意見が多数を占めました。
KIPで初めてとなる芸術をテーマとしたフォーラムで、ミュージアムの意義や役割について深く考える貴重な機会となりました。最後になりますが、今回のご講演のためにお時間を割いてくださったロイジン・イングレスビー氏に心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。
(新藤 悠太郎)
2018年1月「グローバルな時代で君たちはどう生きるか?~国際機関で働く意義は何か?~」
柏木茂雄氏:
1973年に慶應義塾大学経済学部卒業後、大蔵省に入省。1977年にはプリンストン大学でMPA(公共・国際関係)を取得。1993年に大蔵省国際金融局国際機構課長、1994年にはアジア開発銀行理事に就任。2000年には国際通貨基金政策企画審査局上級審議役を務め、2004年に国際通貨基金理事に就任。 2007年に慶應義塾大学大学院商学研究科教授になられ、2016年以降は慶應義塾大学特別招聘教授(大学院商学研究科)として活躍なさっている。
1月フォーラム開催。柏木様は講演を大きく3つの論点に分けて話されました。まず、グローバル化とはどういう状況であるかを説明くださいました。柏木様は、グローバル化とは国境を越えてもの・カネ・サービス・人・情報などが動くと同時に、規制・行政・国家主権など国境を越えられないものもある状況のことであると述べられました。またこの動きは今後ますます深刻化していき、前述した国境を越えるものと越えられないものとのギャップを埋めていくことが当面の課題であると続けられました。そして市場が国内だけに限定されなくなった今日、世界は大競争時代を迎えその競争から落ちこぼれると所得格差の拡大、国内の対立激化が深刻化し、一国主義の台頭が起こるのではないかと指摘されました。現在の主要国名目GDPを見ると日本はここ20年横ばいであり、このままではアメリカや中国に引き離されるだけでなく、新興国に追い抜かされる日が来るかもしれません。
次に、柏木様はグローバル時代の働き方について論じられました。現在はグローバル化が進んでいると同時に変化の激しい時代を迎えたと述べられ、現在ある仕事の大半はなくなり将来の仕事の大半は現在存在していないものになるであろうとのことでした。グローバル社会と聞くと海外で働くことと結びつけられることも多いですが、日本国内でも外国人の上司、部下、取引先との仕事が増えグローバルな活躍が日本でも可能であると同時に、私たちはこれまでの考え方を改めなくてはなりません。また国際機関で働かれた経験を踏まえ、柏木様は国際機関で働く魅力とそのために必要な素質についてお話くださいました。魅力としては、国際機関での仕事は簡単なものではありませんが、スケールの大きさや充実感が格段に違うこと、多様かつ優秀な人材と対等に働けることがあります。必要な素質としては専門性やコミュニケーション能力、多様性に対する許容性、柔軟性、そして常に自分の考えを持つことだとおっしゃられました。
そして最後にグローバル時代を生き抜くための私たちへのアドバイスとして、自分を知り、自分の意見を持ち、自分を伝えられる能力を身につける大切さをお話しくださいました。特に自分を知るというプロセスは難しく、自分を知るためには他者や異なる考え方と向き合うことが必要です。多様性は、自分が今まで持っていた常識や既成概念から抜け出し新たな発想に繋がれるということから重要であると述べられました。 私には、今までグローバルな時代とは大競争時代であるということからこれから世界は衝突の多い社会になっていくのだろうかという懸念がありましたが、世界各国の経済が発展するということは他の国の経済にも良い影響を与えるとおっしゃっていた点にとても共感できました。日本人として、日本の経済が発展し私たちが経験したことのない大成長の時代を迎えてみたいと思うと同時に、それが世界経済の発展にもつながれば理想であると考えました。
以上を踏まえ、「日本人が国際機関で働く意義はあるか」というテーマのもと討論を行いました。やはり国際機関で働いてこそ得られる情報やできる仕事があるのではないかという意見がある一方で、調整役に追われてしまいより直接的なアクションを起こしづらいのではないか、という意見もありました。また、実際に生活の質の向上には物資の供給という直接的な支援が必要なので、モノの生産という意味で国際機関には成しえないことも多い、という意見はありました。しかし概して国際機関で働くことにはポジティブな意見が多く、国際的な場に日本人の協調の文化を持ち込むことで円滑な場づくりに貢献できるのではないか、という意見は賛同を集めました。
今回のフォーラムではこれからのグローバル世界の意味するところと、そこで私たちが目指していくべき姿を、強い危機感と共に明示していただきました。改めて、ご講演ありがとうございました。
(石井 理穂)
2017年11月「トランプ大統領とメディアの攻防:ポスト真実時代の報道」
我孫子和夫氏:
カリフォルニア州立大学でジャーナリズムを、大学院でマスコミュニケーション学を学び、その後AP通信社に入社され同社の北東アジア総支配人として長く務められました。現在は神田外語大学グローバル・コミュニケーション研究所の客員教授として教鞭をとっておられます。
10月フォーラム開催。今回は我孫子和夫氏にお越しいただきました。最近のアメリカ大統領のマスメディアとのやり取りや、ツイッターなどSNSを使ったメッセージ送信など、ITの目まぐるしい発達により世界でのコミュニケーション方法が日々変わってきています。今回のご講演では、アメリカのメディアの現状・行方、また米国のジャーナリズムとその日本との比較などについて論じて頂きました。
本講演では、まず我孫子氏は知的好奇心を持つことの重要性を述べられました。様々な 形態のメディアがある中で、現代は情報が四方八方から入手できる時代となりました。そ の中に生きる私たちは情報を鵜呑みにすべきではなく、一つの情報に対して常に批判的に 検討し、その背景や裏を探り、他のメディアでの報道内容にまで知的好奇心を持って事実 を追求していく必要があります。
我孫子氏は次に、トランプ氏がいかにメディアを利用して選挙で劇的な勝利を挙げたかについて論じられました。共産党の候補者全体の中でメディアへの露出が一番大きかったのはトランプ氏であり、割合を見ると50%を占めていたそうです。この数値の背景には、トランプ氏の過激な発言がニュースに取り上げられ、それがエンターテイメントになるというサイクルが成り立っていました。またSNSの利用も大きかったそうです。メディアの歴史的変化に着目してみると、政治家と国民をつなぐ媒体がラジオからテレビに変わったのは周知のことですが、現代ではそれがテレビからさらにSNSへと移り変わっています。SNSで呼びかけるターゲットとしては、ニューヨーク・タイムズなどの新聞は読まず、またテレビのニュースも見ない、いわゆるエリートではない層の人々でした。エリート層と比べて母体数が明らかに多く、トランプ氏は彼らの心をつかむことに成功しました。
さらに我孫子氏は米国と日本で新聞のデジタル化がどう違うかについての分析を述べら れました。「ニューヨーク・タイムズ」は米国を代表する新聞社の一つです。「アメリカ のニューヨーク・タイムズ」ではなく、「世界のニューヨーク・タイムズ」を目指し、世 界のエリート層をターゲットにするためにデジタル化を積極的に進めました。デジタルコ ンテンツは課金制で、限られたサービスだけ無料で利用可能にすることで利用者を増やし 、課金後も負担にならない値段設定が一般的です。一方で日本のデジタル化はあまり進ん でいない上に、デジタル購読は安くはありません。新聞業界には、提携している広告や販 売店の保護などの事情が伴います。デジタル化を推進していく上では、ネイティヴ広告の ような編集に紛れた広告などを活用し、収入面も充実させる努力が必要です。
これらの内容を踏まえ、学生同士で「大統領のSNSの私的利用の是非」というテーマで議論を行いました。議論は賛成派と反対派に大きく分かれました。賛成側の意見は「大統領であったとしても一人の人間、個人としての自由は守られるべきであり、表現の自由が与えられるのではないか」という主張が主にあげられました。一方、反対側は「通常は様々な議論や監視を経て述べられる大統領の主張が、SNSの私的利用ではその余地がないので危険である」「大統領の個人的な主張が外交に大きく影響する」などがあげられました。議論後の我孫子氏の総評では、大統領と個人との線引きが大事であり、公と私が区別できているのかに着目していかなければならないというお話を頂きました。
メディアの現状を十分に理解できただけでなく、メディアの存在意義やあり方などについても考えさせられ、また大量の情報が得られる現代の中で知的好奇心を持つことが必要不可欠であることを実感させられるとても貴重な機会となりました。最後に、今回私たち学生のために貴重なお時間を割いて講演していただいた我孫子和夫氏にお礼を申し上げます。ありがとうございました。
(赤澤 明日香)
2017年8月「アントレプレナーシップと教育アントレプレナー」
源飛輝氏:
KIPアラムナイの一人で、株式会社エムアソシエイツ代表取締役社長としてロジスティクスやトレーディングを中心とした業務を行っている。
本フォーラムは二部構成となり、前半は起業家教育に対する源飛輝氏のご講演と質疑応答、そして後半はご講演を踏まえて、「起業家教育の義務教育へ導入の是非」とテーマを設定し、学生同士でディスカッションを行いました。
最初のご講演では、アントレプレナーと事業主(ビジネスオーナー)の相違点、アントレプレナーの実際の事例、なぜ起業家はシリコンバレーを目指すのか、教育分野でのアントレプレナーという以上4点を中心にお話をして頂きました。
まず、源氏はアントレプレナーの定義として「Change maker」という単語を使われました。アントレプレナーは事業をすること自体が目的である事業家とは異なり、事業を通して何らかの変化を作り出すのであると語られました。源氏はこのアントレプレナーの事例として、世間によく知られているBill Gates、Steve Jobsを挙げられました。まず、Bill Gatesはマイクロソフトと開発しIT業界を大きく発展させたのですが、彼の開発により、だれもが公平に情報を得ることができ、発信することが可能になりました。つまり、インドのカースト制度のような階級差に関係なく誰もがこのような世界に接することが可能になったのです。2つ目の例として挙げられたSteve Jobsはコンピューターという大きな物体を小さくて持ちやすいものに変化させることによって多くの人がいつどこでも簡単に情報を発信し、接することができるようになり、音楽を聴くことのような余暇活動も時間や場所に関係なく行うことができるようになったのです。このようなアントレプレナーとは単に事業を行うだけではなく、彼らによって社会が大きく変化するという「Change maker」としての役割を果たしているのです。
このような多くのアントレプレナーは現在シリコンバレーに集まりがちなのですが、その理由としてシリコンバレーという地域が事業の資源や資金が沢山あるために、失敗の確率が低いことと関連していると指摘されました。
また、現在このアントレプレナーは教育分野において大きく注目されています。今まではITなどに注目するアントレプレナーが多かったのですが、現在は教育業界がブルーオーシャンとして注目を浴びているからです。教育という分野は、高齢者の投資先として不動産と旅行とともに挙げられます。この教育業界でのアントレプレナーの例として、源飛輝氏は「Teach for America」を挙げられました。このプログラムは、貧富の格差による教育の不平等を解消することを目的としています。このプログラムでは、アメリカのアイビーリーグのような名問大学の卒業生が、比較的低所得層の多い地域で教育を支援します。このような事例はアメリカ社会に大きく貢献しています。しかし、教育というシステムは実施方法が国によって異なるので、その国の人のみがアントレプレナーとして活躍しやすいという弱点も語られました。
今回のフォーラムの後半では、「起業家教育の義務教育導入の是非」とテーマを設定し、学生同士でディスカッションを行いました。私達のグループディスカッションでは、起業家教育という概念を精神的な資質の養成とスキルの上昇という二点に分けました。まず、起業家の精神的な要素である起業家精神とは様々なことに積極的にチャレンジすることと定義し、スキルという面ではより多くの起業家を養成するためのスキル上昇と定義しました。この起業家教育を義務化することの賛成意見としては起業家が多く養成されることによって国の経済が発展すること、学生たちの積極性の上昇が見込まれることなどが挙げられ、反対意見としては義務化が教育という面においては非現実的ではないかという意見が出されました。今回のディスカッションの総評として、起業家精神を保つということは、主体性を上昇させ、異なる意見を受容するという能力、つまり多様性を養うことになるため、起業家教育とは生徒やその国の開発に大きく役立つというアドバイスをいただきました。
今回のフォーラムを通して、教育という分野の重要性と共に、起業家教育とは単に起業家を多く養成させるというメリット意外にも、学生たちの積極性や多様性を保つという内面を養成することができるという点があることを知る機会になりました。
(カン・キエ)
2017年6月「トランプ政権とアジア情勢」
四方敬之氏:
京都大学法学部、ハーバード大学ケネディー行政大学院をご卒業後、1986年に外務省に入省。様々な部署をご経験されたのち、アジア大洋州局参事を経て現在は在中国日本大使館公使として外交政策に携わる。
6月フォーラム開催。 今回は、国内外で活躍していらっしゃいます外務省の四方敬之氏と山本茉希氏をお招きし、日本を取り巻くアジア、アメリカを中心とした海外情勢についてお話をいただきました。現在の諸外国の実情や日本との繋がりについて理解を深めることが出来、大変有意義なフォーラムとなりました。以下ではその講義内容や質疑応答、ディスカッションの様子をお伝えします。
まず初めに四方氏より、日中関係や台湾、韓国情勢、日米関係にまつわるお話を頂きました。日中関係では、昨年9月に行われた日中首脳会談の内容を通じ、5つの協力分野、3つの共通課題について伺いました。東シナ海情勢など、緊張の種はいくつかありますが、中国は日本と経済的に縁の深いパートナーであり、人的往来も多く同じ課題を共有する国なのだという実感が湧きました。四方氏の、国際関係では多様なトラブルがあるが、それをどうマネジメントしていくかが重要だというお言葉が印象的でした。また、後のディスカッションテーマとなる一帯一路や、AIIBについてもご説明頂き、中国の現状をよく知ることが出来ました。日米関係については、現在安倍首相とトランプ大統領が親密で、特に北朝鮮問題などで連携していることを安倍総理米国訪問時の成果とともに伺いました。トランプ政権の貿易、外交姿勢についてもお話を頂きました。次に、山本氏からASEANを中心としたアジアの枠組み、各国の抱える課題や日本との関わりについてご講演頂きました。更に文化や言語の異なる諸外国との外交を成功させるために、どのような取り組みが為されているのかという大変興味深い点についても教えて頂きました。
講演後は質疑応答の時間があり、四方氏と山本氏がメンバーからの質問に答えてくださいました。
Q1:日本やアメリカが北朝鮮への制裁を準備しているのとは対照的に中国からの経済制裁が不十分なように思われるが、それはなぜか。
A1(四方氏):中国は北朝鮮が崩壊し、難民が大量に中国へ来ることを懸念している。また、韓国が統一され、在韓米軍が中国に接近する可能性を考えているため、あまり積極的に制裁をしたがらず、アメリカと北朝鮮間の対話を望んでいる。
Q2:山本氏のお話の中にあったASEANの共通理念とはどんなものか。
A2(山本氏):少なくとも日本の姿勢としては自由・民主的・人権の保護を押し出している。濃淡はあれども、これらを大切にし、日本は各国への協力を行なっている。
質疑応答の後は、四方氏より「日本は一帯一路に関与すべきか」というテーマを頂き、ディスカッションを行いました。各班の討論の結論にはかなりばらつきがあり、また関与すべきという意見の中でもどのような仕方で関与するのかという面での差異が見られました。関与すべきとした班の意見では、積極的に加わっていかないと日本が孤立してしまう、中国と協力体制が出来、北朝鮮に対する姿勢を合わせられる、市場拡大のため競合的関与が必要といった意見が見られました。関与すべきでないとした班の意見には、あまり中国寄りの姿勢を取るといままで築いたアメリカとの関係を損なう危険がある、既にある枠組みや国単位での関わりをより大切にしていくことが重要である、政治理念の相違が大きすぎる、などというものが見られました。これを踏まえて、四方氏からはこういった問題を考えるときには、日本が何を大切にしているのか(目的)、そのためにどう取り組んでいくべきなのか(手段)といった2つの視点が不可欠だというコメントを頂きました。
今回のフォーラムは、普段知ることの出来ない外交の今や、政策を考える上で重要な観点について学べる非常に貴重な機会となりました。最後になりましたが、ご多忙の中私どものために時間を割いて講演してくださった四方氏と山本氏にお礼を申し上げたいと思います。この度は本当にありがとうございました。
(倉林かおり)
2017年5月「高齢化、少子化、人口減少のなかで豊かさを維持するために:若者にできること」
西沢利郎氏:
東京外国語大学外国語学部と東京大学経済学部の二大学を卒業後、当時の日本輸出入銀行(現JBIC)に入行されました。その後大蔵省財政金融研究所、外務省経済協力局国際機構課、国際通貨基金(IMF)政策企画審査局、日本政策金融公庫国際協力銀行外国審査部、財団法人国際金融情報センター、国際復興開発銀行(世界銀行)民間セクター開発局などを経験された後に、現在は東京大学公共政策大学院にて教鞭をとっておられます
5月フォーラム開催。今回は東京大学公共政策大学院で教鞭をとっておられる西沢利郎氏にお越しいただきました。ご講演の内容は同氏がシンガポール大学国立大学リークアンユー公共政策大学院、韓国輸出入銀行を訪問した際にお話しされたものを一部利用したもので、現代日本に見られる「高齢化、少子化、そしてそれに伴う人口減少」という大きな変化について、若者に今できることとは何かという視点に立って論じていただきました。
本講演では西沢氏は、一人一人が自分自身で社会を見て答えを模索していく事を重要に考えており、問題がなにか、どのように対処するべきなのか安易にはっきりとした答えを出すことはされませんでした。講演は、日本で何が起きているのかを確認する事、今起きている事に対して私たちはどのように対処するべきか自分の身に即して考える事、という二つの軸をもって進められました。
今回のテーマである「高齢化、少子化、人口減少のなかで豊かさを維持するために:若者にできること」を論じていくにあたって、この大きな、ともすれば漠然としたテーマの問題意識はどこにあるのかという事を人口減少とそれがもたらす実質GDP成長率への影響、問題に対する日本政府の対応の2点から確認しました。
まずは人口減少とそれがもたらす実質GDP成長率への影響から見ていきました。今後日本の人口が高齢者の増加と若年者の減少という二つの要素を持って減少していくという事であれば、生産性は低下していき、現在の実質GDP成長率の水準を維持していく事は困難になります。その歪みはコストとして必ず誰かが負担しますが、今の日本の社会ではそれが将来世代になっていると西沢氏は指摘されます。年金負担額の世代間格差や労働における雇用慣行などはこのような問題の顕著な例でしょう。またコストを負担するという側面から、現在問題となっている地域の衰退に関して政府の出している資料を提示し、私たち自身の問題として考えるキーワードとなるよう「つなぐ力」と「ひらく事」という言葉を確認しました。
次にこのような状況において、政府の対応はどうなっているのかという事を金融・財政政策の側面から見ていきました。政府の政策において考慮されるのは、第一に、如何にして国民所得水準を維持していくのか、第二に、アジアの財政システムの発展に貢献していく事かという2点です。
現在の日本の国民所得の分布をみると家計・企業部門が黒字であるのに対し、政府・海外部門は赤字になっています。更にそれを所得の種類、経常収支の内訳から見ると大きな変化が確認できます。黒字が続いていることには変わりはありませんが、貿易収支は赤字になり、その代わりに第一次所得収支が大きく伸びてきています。このことは国民所得の支えが貿易黒字から海外への投資のリターンに代わってきているという事を示しています。海外への投資を考えるにあたって日本にある魅力的なものは質の高いインフラです。そのため日本では銀行による海外への与信が活発になっています。西沢氏は、このような背景から近年の日本の政策について見ていくと、金融庁において特徴的な動きを見ることができると言います。銀行とその顧客の相互の関係性に注意を払って管理する、このような態度は一昔前では考えられなかったそうです。
ここまでの内容を踏まえて、学生同士で“日本は定年制を廃止すべきか”というテーマを議論しました。議論は主に“経済的な豊かさを維持する事”を元に考えられ、各班の意見は主に「日本において、国内の労働力は今後減少していくから、定年制の継続によって国内労働力を確保すべき」と「定年制を廃止し、国外からの労働者受け入れによって労働力を維持するべき」という二つの意見に分けられました。
定年制の継続を提案する班からは、「豊富な経験を持つ労働者を最適に配置する事で、若者への技術の伝達に繋げる」、「課題の多い日本において、国外からの労働者を受け入れることは、各先進国でも移住労働者の扱いに苦慮している点に鑑みて、得策ではない」、「働きたい人の退職や退職による社会関係からの阻害などが問題となっているため、そのような問題を解決するためにも働く場を提供するべき」などの意見が出ました。そして、定年制の廃止を提案する班からは、「グローバル化により、多様な視覚を持った人材は今後重要であるが、日本においては未だそれを進める地盤がないから国外の労働力を用いるべき」、「定年制の下では能力ある人材も日本的雇用慣習の下に置かれる事で力を発揮できないから廃止すべき」などの意見が出ました。この他にもこれらの意見を組み合わせたものや定年の年齢を引き上げるが廃止はしないなど様々な意見がみられました。
議論を終えたのちに、理事長の方から講演の趣旨を確認するお言葉を頂きました。日常では様々な問題が目に見えますが、それらの事態の根本は国境を越えて広く繋がっています。このような事実を知るためには、私たち学生のような自由な身分であることを生かして興味を持って積極的に行動していく事が必要なのでしょう。居心地のいい場所に留まらず、積極的に活動していくという態度こそが重要なのだと思います。
(佐々木 蒼一朗)
2017年4月「トランプ政権が日本に与える影響」
藤崎一郎氏:
慶應義塾大学経済学部在学中に外務公務員I種試験合格。外務省に入省。米国ブラウン大学、スタンフォード大学に留学。ジュネーブ国際機関日本政府代表部特命全権大使、在アメリカ合衆国特命全権大使などを歴任。現在は、上智大学特別招聘教授・国際戦略顧問、一般社団法人日米協会会長を務める。
4月フォーラム開催。今回は、在アメリカ合衆国特命全権大使などを歴任され、現在は上智大学特別招聘教授・国際戦略顧問などを務める、藤崎一郎氏を講師にお招きしました。ご講演のタイトルは「ダッシュでスタートした日米関係」。ご自身の経験談なども交えて、現在のトランプ政権に関する分析と今後の国際関係ついてご講演を頂きました。
本フォーラムは二部構成となり、前半は藤崎氏のご講演と質疑応答、そして後半は講義を踏まえて、「米国の北朝鮮に対する積極介入の是非」とテーマを設定して、学生同士でディスカッションを行い、最後に藤崎氏より総評を頂きました。
最初のご講演では、今回のアメリカ大統領選挙におけるメディアの分析は本当に正しいのか、トランプ政権の背景にあるものは何か、トランプ政権に対してアメリカの三権分立は機能するのか、我々が現在のようなアメリカと向き合うのは本当に初めてなのか、そして日本はこのようなアメリカにどう対処していけばいいのか、という以上4点を中心にお話をして頂きました。
ご講演の中で藤崎氏はメディアの「分析」を鵜呑みにせず、自分自身でデータや情報と向き合うことの重要さを強調しておられました。今回のアメリカの大統領選挙においても、メディアは米国内でのアンチグローバリズムや、貧富の差に関する不満などが高まり、必然的な結果としてトランプ政権が誕生したかのように報道しています。しかしながら総得票数において、クリントン氏はトランプ氏を大きく上回っており、実際のところペンシルヴァニア・ミシガン・ウィスコンシンの3州における46の選挙人をトランプ氏側が僅差で獲得したことが勝敗を分けています。「アメリカが内向きになったからトランプ政権が誕生した」という論理の矛盾を、講演の冒頭から鮮やかにしかも明快に指摘してくださり、一気にお話しに引き込まれ、気づけばあっという間に40分にわたる講話のお時間が過ぎておりました。
その後の質疑応答では、北朝鮮や南シナ海をめぐる現在の世界情勢から、藤崎氏ご自身の経験に関する事まで、学生から出た多くの質問に対し、過去の歴史的事実やご自身の経験談を交えて、丁寧にわかりやすく回答していただきました。
後半は、ご講演の中で言及されたトランプ政権の各国政府へのスタンスを踏まえて、「米国の北朝鮮に対する積極介入の是非」についてディスカッションを行いました。ほとんどの班で、軍事的介入と経済的介入を分けた点と、現在の介入のやり方は適切でないと指摘した点は共通していました。
各班がそれぞれの発表を終えたところで、藤崎氏に全体の講評を頂き、まず現在の介入のやり方は本当に有効でないのか。また介入と抑止の境界はどこにあるのか。といったご指摘を頂き、その上で今後の北朝鮮をめぐる国際関係において、いかに中国が大きな役割を担っているかということを、解説していただきました。
今回のフォーラムを通して、藤崎氏は世の中に出回る情報に対して、常にその根拠を問い、自分自身の頭で考えることの重要性を強調されておりました。私たちは、常日頃から批判精神を忘れずに、自分自身で思考して、様々な世界の出来事に向き合っていかねばならないと強く感じました。
最後にこの場をお借りして、お忙しい中講演をしてくださった藤崎様に心よりお礼申し上げたいと思います。本当に有難うございました。
(瀬戸多加志)